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01 01
2020

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための 男声合唱ガイド101(無伴奏編) ――チベットから不気味社まで―― 目次

簡単なまえがき
長いまえがき

  第1章
1.チベット仏教
2.グレゴリオ聖歌
3.東大寺のお水取り
4.声明とグレゴリオ聖歌
<番外編> なぜ、男だけで歌うのか
5.バリ島のケチャ
6.江戸の木遣り
7.グルジアの男声合唱
8.コルシカの男声合唱
<番外編> 合唱指揮者の発言
9.ロシアの宗教音楽1
10.ロシアの宗教音楽2
11.マサイ族の男声合唱

  第2章
12.カッシア《聖水曜日のための讃詞》
13.レオナン《地上のすべての国々は》
14.ペロタン《主を讃美しよう》
15.ペロタン《アレルヤ、処女マリアの誕生》
16.ペロタン《支配者らは集まりて》
17.ボシュ《若い頃、ブリュッセルにて》
18.マショー《不可思議の蛇フィトン》
19.ソラージュ《煙を燻べる者》
20.ソラージュ《ベリー公の気高き行いがなかったら》
21.シャンティー写本《さようなら》
22.デュファイ《美しい人よ、私をあなたの召使いに》
23.バンショワ《唯一の崇高な悩み》
24.オケゲム《ミサ・カプト》
25.ジョスカン・デ・プレ《わが子、アブサロン》
26.ジャコタン《主を畏れたるすべての者は幸いなり》
27.コーニッシュ2世《おーい、陽気なラッターキン》
28.エンシーナ《あちこちに知らせて》
29.ジャヌカン《鳥の歌》
30.ジャヌカン《マリニャンの戦い》
31.コルテッチア《ヨハネ受難曲》
32.ノーラ《ガリアルダを習いたいご婦人方よ》
33.ローレ《シチリアの軽やかな旋律を運ぶあし笛》
34.A・ガブリエリ《誰がソルフェージュを》
35.クローチェ《エコー》
36.ロッシ《バビロンの流れのほとりで》
37.ローズ《月夜の今晩、酒を飲み》
38.パーセル《三たびもジュリアを誘いたれど》
39.パーセル《サー・ウォルターは娘とお楽しみ》
40.パーセル《にやけ男は疫病になれ》
41.ロッティ《ミゼレーレ》
42.アーン《合唱クラブ》
43.ボルトニャンスキー《ヘルヴィムの歌第7番》
44.シューベルト《精霊の踊り D.494》
45.シューベルト《ワインと愛 D. 901》
46.メンデルスゾーン《トルコの酒場の歌 作品50-1》
47.シューマン《戦いの歌 作品62-3》
48.リスト《真夜中の散歩》
49.コルネリウス《老兵士 作品12-1》
50.サン=サーンス《サルタレッロ 作品74》
51.グリーグ《子供の歌 作品30-2》
52.ブリッジ《ガチョウのひな》
53.ヤナーチェク《さまよえる狂人》
54.グレチャニノフ《キエフの歌》
55.シベリウス《恋する人 作品14》
56.シベリウス《月よ、ようこそ 作品18-2》
57.ベアストー《音楽、穏やかな声が絶えるとき》
58.シェーンベルク《団結 作品35-6》
59.チェスノコフ《年老いた時も、私を見放さないでください 作品40-5》
60.バルトーク《4つの古いハンガリー民謡》
61.コダーイ《廃墟》
62.コダーイ《国民の歌》
63.ヴィラ=ロボス《ショーロス第3番 きつつき》(無伴奏合唱版)
64.トッホ《地理的フーガ》
65.マルタン《3つの合唱曲》
66.ミヨー《詩篇121 作品72》
67.オルフ《コンチェルト・ディ・ヴォーチIII ものに涙あり》
68.ヒンデミット《死》
69.プーランク《酒呑み歌》
70.プーランク《アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り》
71.トンプソン《アレルヤ》
72.ショスタコーヴィチ《忠誠 作品136》
73.ビーブル《アヴェ・マリア(アンジェラス・ドミニ)》
74.シェルシ《アンティフォナ》
75.清水脩《アイヌのウポポ》
76.ケージ《物語》
77.柴田南雄《三つの無伴奏合唱曲 作品24》
78.リゲティ《ナンセンス・マドリガル》
79.ラウタヴァーラ《ビールに寄せるセレナーデ》
80.間宮芳生《合唱のためのコンポジション第6番》
81.トルミス《司教と異教徒》
82.トルミス《嵐の海への呪文(大波の魔術)》
83.多田武彦《草野心平の詩から》
84.ペンデレツキ《主を讃美しよう》
85.ラーベ《ロンド》
86.肥後一郎《日本民謡集》
87.パーックナイネン《冬山のヨイク》
88.パターソン《タイム・ピース 作品16》
89.ポレッティ《キリエ・エレイソン》
90.J・サンドストレム《カオ・ヤイの歌う猿》
91.ヒルボリ《muoɔɑaəyiyɯɔoum(ムウヲオアヱエユイユエアオウム)》
92.木下牧子《祝福》
93.マンテュヤルヴィ《シュード・ヨイク》
94.ウィテカー《ルクス・アルムク》

  第3章
95.シー・シャンティ《酔いどれの船乗り》
96.ロシアの歌から《12人の盗賊》
97.M・ウィルソン《76本のトロンボーン》
98.バック・ラム&アンディ・ランド《オンリー・ユー》
99.伊福部昭《SF交響ファンタジー第1番》
100.レノン=マッカートニー《ペニー・レイン》
101.槇原敬之《世界に一つだけの花》
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05 18
2014

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド9 ロシアの宗教音楽1

ロシア北部正教会聖堂の聖歌集
★★★
Orthodox Shrines of the Russian North
Orthodox Shrines of the Russian North
MP3アルバム
イーゴリ・ウシャコフ指揮
ヴァラーム声楽文化教会男声合唱団

 ロシアの合唱というと、年配の方の中には、ドン・コサック合唱団や赤軍合唱団といった男声合唱団の名前を思い浮かべる人もいるだろう。ロシアがソビエト連邦と呼ばれていた頃、彼らはレコードや来日演奏を通して広く知られていた。

 彼の国の合唱といえば何をおいても、バスの重低音である。たしかにテノールの高音も相当の迫力がある。でも、バスの重厚さは日本の合唱団にはちょっと求めるべくもない。ロシアには、生まれつき低い声に恵まれた男が大勢いる。ヘ音記号の下に2本、時には3本の下線を引くような音域を彼らはいとも簡単に出してしまうのだ。

 では、日本人も練習すれば、超低音を軽々と出せるようになるのだろうか。

 ネットには、低音の出し方について書かれているサイトが数多くある。声の専門家であるボイストレーナーの見解を聞いてみよう。

  声帯の長さや重さなどは、人それぞれ決まっています。長さをさらに長くすることは
  出来ませんので、出せる低音には限界があります。

  http://www.voicetraining.jp/vocal_training/02_02.html

  低音の限界は生まれつき決まっています。
  http://music.geocities.jp/daisukidaisakuvoice/12index.html

 ……低音については、残念ながらプロでも、努力して下に伸ばせるといった領域ではないらしい。

 超低音が出せるというのはどういうメリットがあるのだろうか。一番は、単純に「すごい」と褒めてもらえるということである。テノール歌手が「高いド」の音(いわゆるハイC)を出したり(1)、ソプラノ歌手がモーツァルトの「夜の女王のアリア」(オペラ《魔笛》)を歌っている時に私たちが感じる高揚感。それと似たものを、ロシアのバスコーラスの「低いド」(ローC)から感じることができる。このような低音を、バス歌手から聴くのは難しい。理由は、演奏会で聴衆に訴えられるレベルの声量を出すことがたいへん難しいからだ(リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》のオックスのような存在は例外である)。

 一方、女声において超高音を出すには、ソロと合唱とでどちらが有利なのだろうか。だんぜん前者である。「夜の女王のアリア」のようなあんな高い音は合唱にはとても無理だ。以上をまとめると、声楽における超高音はソプラノソロが、超低音はバスコーラスがそれぞれ有利ということになる。ト音記号の上に3~4本引いた音で高らかに歌うソプラノソロと、逆にヘ音記号の下に3~4本引いた音を野太く歌うバスコーラスを一緒に聴けたらどんなにいいだろうか(ちなみに最高音と最低音の差は4オクターブ半から5オクターブほどになる)。そんな合唱曲を誰かが書いていそうな気がする。

(1)本文には関係がないけれども、日本で一番ハイCにこだわりのあるオペラファンの著書を紹介しておきたい。住田誠蔵『魅惑のハイCテノール大辞典』(文芸社)。

   *  *  *

 今回扱うのがロシアの「宗教音楽」だということを忘れそうになった。でも、忘れてもいいやという気持ちが自分の中にある。オペラのストーリーを知らなくても美しいメロディーに感動することはできるし、ソロの高音に心を惹きつけられることもできるのだ。そのような感じで接していただければ十分だと思う。今回と次回でとりあげる2枚は以上の観点から選択した。どちらも、のっけからいきなり低音の世界に引きずり込まれる。

 三ツ星とした『ロシア北部正教会聖堂の聖歌集』は、単旋律のもの、ハーモニーがつけられたものがバランス良く配置されており、ロシアの男声合唱の入門編として最適である。なお、単旋律といっても、バスの旋律にテノールが1オクターブか2オクターブ上で飾り付けを行っている。テノールは主役ではなく、あくまでバスの引き立て役なのだ。しかしながら、彼らのおかげでバスの重厚さがより際立つことになる。特に10曲目が絶妙で、恐怖感を感じるぐらいだ。なお、当盤のバスはヘ音記号の下線3本の領域まで降りる(2曲目と17曲目)。

 ぜひ、CDを2回聴くことをおすすめしたい。1回目は普段どおりに、2回目は低音の動きを追っかけながら聴いてみよう。バスの存在感が強すぎて1回目から低音に気をとられそうになるかもしれないが、そうなった人はぜひとられてほしい。当盤に限らず、2パート以上の男声合唱を聴く際は上のような聴き方をやってみてほしい。同じ演奏でもずいぶん違った感じに聞こえることが多い。

 今回紹介したやり方は、オーケストラやピアノ曲、あるいは洋楽やJ-POPに接する際にも役に立つと思う。よろしければさっそく、あなたの所有しているCDやDVDでお試しください。
04 13
2014

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド番外編 合唱指揮者の発言

 第1回「チベット仏教」で、アーチボルド・デヴィソンという合唱指揮者の発言を紹介した。男声合唱に長年たずさわり、ハーバード大学の男声合唱団をアメリカのトップレベルにまで引き上げた人物である。その彼から述べられたのは、男声合唱への絶望であった。

 今度は日本の合唱指揮者であり音楽評論家としても活動した、福永陽一郎の発言を引用する。彼もまた、大学の男声合唱団を日本有数の団体に育て上げた人である。合唱雑誌の座談会においての言葉から。

  合唱では男声や女声だけでは片手落なんです。音楽としては混声になりますよ(1)

 なぜ「片手落」なのか。その理由は直接には語られていない。しかし、彼はこのように続けている。

  昔は大学は男ばかりだったから、まず男声ができてそのうち女声がしっかりしてきて、
  ほんとの男女共学というのは確立されてないんですね。ですから混声がむずかしかった
  んですが、このところ各県に国立大学の教育学部があって音楽科がありますね。その
  へんを中心にして混声合唱を作りますから、強いわけです(1)


(1)『ハーモニー』41号「大学合唱団と合唱連盟――音楽とクラブ活動のはざまで」(全日本合唱連盟)p.8

 デヴィソンは男声合唱団や女声合唱団について、「音楽的理由でつくられたのでなく、社会的な理由でつくられている」とみなしていた。福永も同じことを指摘しているのは興味深い。男子校、あるいは、男の比率が高い大学では合唱をやろうにも女が集められない。それで男声合唱団ができる。逆に女子校では男を集められないから、女声合唱団ができる。

 彼らに共通する考えは、混声合唱が音楽的に理想の形態であって、男声/女声合唱は妥協の産物だということだろう。共学化が進めば、あるいは男女の比率が同一に近づくほど混声合唱が活発になるのは当然のことだ。しかしながら、そのことと、音楽芸術の良し悪しは関係があるのだろうか。

 デヴィソンは男声/女声合唱について、「混声合唱のもつ制限された音域や色彩を文字通り半分に切る」(2)と指摘している。混声合唱でさえ音楽的な制約がいろいろあるのに、男声/女声合唱はそこからさらに音域や色彩が制限されてしまうのだと。混声合唱の音楽的優位の主張はここから出発しているのだろう。

 なるほど、音域や音色が混声に比べて豊かでないことは確かだ(半分という表現が妥当かはともかく)。だからといって、そのことをもって音楽の優劣に結びつけるのはいかがなものか。彼の考えを他に当てはめると、独唱は二重唱に比べて、無伴奏合唱曲は伴奏つきの合唱曲に比べて音楽的に劣るということになってしまう。デヴィソンは、「君ら、男声合唱や女声合唱ばっかりやってないで混声合唱をやりなよ」という趣旨のことを書いたけれども、彼は歌手に対しても、独唱の劣位と、重唱への積極的な参加を主張するだろうか。

 彼は、そして福永もそのようなことは決して言わないだろう。混声合唱が男声/女声合唱よりもよいと彼らが判断する理由は、たぶん別のところにある。すなわち、前者に「名曲」が数多く存在しているという事実である。バッハの受難曲、三大レクイエム、《カルミナ・ブラーナ》――クラシック音楽のガイドブックにおける声楽・合唱部門で頻繁にとりあげられる作品はみな混声合唱だ(女声合唱をともなうホルストの《惑星》やドビュッシーの《夜想曲》は先の部門ではなく、管弦楽曲部門でとりあげられている)。そういえば、福永は1967年にこのようなことを書いていた。芸術歌曲を合唱曲に編曲する際の注意点について述べた文章である。

  ……オリジナルな作品の多い混声合唱の場合は、レパートリーの選択に困ることがない
  と言い得たとしても、1つのしっかりした形態に構成された作品の少ない男声合唱や女声
  合唱において、芸術的体験を豊富にするために、本来独唱用芸術歌曲を、まとまった形の
  合唱曲集にすることは、必要に迫られていると言っても、過言ではない(3)


 福永陽一郎は、国内外の男声合唱曲を集めた楽譜を数冊編纂したこともあるし、合唱の専門誌で海外の作品を紹介する役割もしていた(4)。本ガイドではかなり後の紹介になるけれども、19世紀に西ヨーロッパで起こった男声合唱運動についても十分に知っていたはずだ。すなわち、男声合唱の作品はたくさんあっても「1つのしっかりした形態に構成された作品」=「良い曲」が少ないのだと彼はみなしていた。当時の日本で彼以上に男声合唱に知悉していた者はほとんどいなかったはずだから、なおさらこの分野に悲観的になっていたに違いない。

(3)『合唱事典』(音楽之友社)p.101
(4)『合唱サークル』(音楽之友社)1966年11月号「男声合唱曲アルバム――主な曲と楽譜の手の入れ方」

   *  *  *

 「名曲」が混声合唱に比べて少ないのはなぜだろうか。先に挙げた曲目がことごとく管弦楽を伴うことがヒントになる。そして、「長いまえがき」で指摘したことをもう1回書いてみよう。「合唱に関わる人たちは皆、聴き手を増やそうということに関心がなかった」「クラシックの他のジャンルがみんな聴き手を増やそうと熱心に頑張っている中、合唱はひたすら怠けていたのだ」。最後に、混声合唱は管弦楽との共演の機会が多いという事実を挙げよう。以上から、次の結論を導きだすことができる。男声/女声合唱は、管弦楽界からの「手助け」を混声合唱ほど借りられなかったのだ。ある作品を社会へ周知するための力。それが管弦楽界にはありふれていて、混声合唱はそれを分け与えてもらうことができたが、男声/女声合唱はそれをほとんどもらえなかったということだ。

 オーケストラの分野には良い曲をみんなに紹介したいという思いがある人がたくさんいて、彼らは熱心に「これこれという作品はとてもいい曲ですよー、みなさん、ぜひ聴いてくださーい」と訴え続けた。もちろん、個々人によって「いい曲」は違っていたであろうが、そのうちに、「大勢の人(社会)がいいと言っている曲」が何かがわかってくる。当時、まとめサイトというものはなかったけれども、こんなのを作りたい人はページを編集するかわりに、著書や雑誌で「名曲まとめ」を発表したのだ。初心者も、これを頼りに良いレコードやCDを探すことができる。

 「ぜひ聴いてくださーい」と活発に声があがる社会では、作曲家は「良い曲を書かなければならない」と意識するに違いない。いい仕事をすれば大勢の人に評価される。自分の名声も上がる。当然のことだ。演奏会のプログラムに「名曲」と一緒に自分の新作が並ぶこともあるだろうから、「偉大な作品」に負けないようにしなければ、と考えても不思議ではない。「モーツァルトの交響曲はやっぱり傑作だねえ、それに比べて何とかっつう作曲家の作品はつまらん」とか言われることだってあるわけだから。良い曲を知らせようとする動きは、「大勢の人が認めた良い曲」=「名曲」を生み出すだけではなく、良い作品を育むパワーともなるのだ(5)

(5)クラシック音楽においてこのような運動が広がりを見せるようになったのは、19世紀になってからのようである。岡田暁生『西洋音楽史』(中公文庫)に、19世紀の音楽批評について書かれた箇所がある。彼は、当時の批評の使命を「『末永く聴かれるに値する記念碑的作品』を選定すること」だったと考えている(p.135)。

 管弦楽団ではオーケストラつきの合唱曲も演奏しているし、やるからにはお客が来てくれないと困る。やったことがある人なら分かると思うのだけれども(私はやったことがありませんが)、オーケストラが合唱を集めるのって、けっこうな負担である。そりゃそうだ、自分たちだけでやれることじゃないんだから。苦労をするなら、それに見合った成功をしなければ損だと思う。「ぜひ聴いてくださーい」という声をもっと大きく挙げないといけないのではないか。いやいや「ぜひぜひぜひ聴いてくださ―――い!!」とでも叫ぶか……。ともあれ、オケつきの合唱の分野においては、管弦楽界の「良い曲紹介運動」に支えられて、「名曲」がいくつも生まれることができた。先にも書いたとおり、混声合唱は管弦楽と協力することが多かったので、その影響を強く受けることができた。

 一方、合唱界には良い作品をみんなに広めたいと思う人がいない。管弦楽の分野からやってくれている宣伝に乗っかかるか、古楽のジャンルを開拓しようとする人たちのおこぼれに預かるだけで、自分たちだけではほとんど何もやっていない。混声合唱に「名曲」が多い理由が、管弦楽界からのパワーだとすれば、男声/女声合唱はその外部の力に恵まれなかったため「名曲」が少ないという見解はそんなに的外れではないだろう。なぜならば、混声合唱でもピアノ伴奏や無伴奏となると、一般のクラシック音楽ガイドで見かけることが俄然少なくなるからである(中世やルネサンス音楽も扱う本では無伴奏の合唱曲にも光が当たるようになるけれども、これは、古楽を広めようとした先人たちの影響が大きいだろう)。

 実際には合唱界にも「これこれという作品はとてもいい曲ですよー」と云う人たちはいる。しかしながら、彼らはたいてい合唱の指導者である。それは同じ指導者や、歌い手(特に選曲委員!)に向けられている。だから、次の言葉は「みなさん、ぜひ歌ってくださーい」「とりあげてくださーい」となるのだ。PRは内部だけで完結し、外へ向かうことがない。「良い曲紹介運動」というのはあっても管弦楽に比べてこじんまりとしているわけだ。こんな社会では、作曲家は「良い曲」を書かねばならないという義務感は薄い。オーケストラのための作品を書いた方が社会に認められ、名声が上がるのであれば、自分の音楽の才能をそちらに向けた方がよいと考えるのは道理にかなっている。デヴィソンは、合唱曲を作る現代の作曲家について「過去の例からほとんど何も学ぼうとしていない。なぜなら、かれらの多くは合唱を売文の糧以上のものと見ていないからだ(6)と怒っている。でも、見方を変えれば、合唱社会は作曲家に対しそのような学習を求めていなかったということになる(彼に「○○という『不朽の名作』に負けないような作品を作ってください」と要求できる男声合唱団はいったいどこにあるのだろうか?)。

(6)A.T.デヴィスン『合唱音楽の技法』(カワイ楽譜)、p.16

 これでは「名曲」が生まれようもない。合唱の魅力が知られるはずもない。グレゴリオ聖歌が有名になったのだって、自分たちが積極的に外へ広めたというよりもむしろ、古楽に詳しい人がこの分野に脚光を浴びせてくれたり、CDがたまたま大ヒットに恵まれたということの方が大きいだろう。

 このような内向きかつ怠惰な合唱界において、「外へもっと知られてほしい」という嘆きが起こることが不思議である。いや、不思議ではないか。合唱の聴き手向けの著書が皆無という現実から考えると、「俺はやらないけど、誰かがやってくれればいいなあ」という風にみんなが考えているとみなした方がよいだろう。

   *  *  *

  合唱人の一部の心ある人は、一般音楽社会が、合唱界を見おろしているようだ、と怒るが、
  私は、もっとおそろしい、他への無関心を、いわゆる合唱人の中に見る(7)


 福永は40年以上前に、合唱界の外部への無関心を痛烈に批判した。外部どころではない、たいていの合唱人は、他の合唱団にさえも興味がない。自分たちのことにしか関心を示さないのだと。いや、それどころか……。「私は大学合唱に関係して20年を超すが、卒業後、自分の出身合唱団に興味を持ちつづけている人は、全体の5パーセントに満たないと断言できる。残りの95パーセントは、おそらく自分が愛したことも忘れているのではないか(7)とも書いている。何という強烈な無関心! これでは外へ広めようとか言えるレベルではない。福永の批判は、現在にも通じることだろうか。

  優秀な合唱団の演奏会では、しばしば、一流のレベルに達した音楽が感動を生んでいる。
  しかし、だれもそれを知らない。だれもそれを知らせよう、知ってもらおうともしない。それで
  よいのだろうか……(8)


 かくのごとく憂慮した福永も、音楽評論家として、合唱を外へ広めようとする著書を残さなかった。みんなが怠け、「一部の心ある人」が嘆くということを長年合唱界で繰り返している間に、吹奏楽や現代音楽には聴き手を増やそうとする熱心な人物が登場していたのだ。

(7)『合唱新聞』1967年2月10日号。
(8)『合唱新聞』1966年12月20日号。(4)(7)(8)は鎌田雅子編『CONDUCTOR 福永陽一郎』(《CONDUCTOR》編集部、2010年)に再録されている。
03 24
2014

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド8 コルシカの男声合唱

ア・クンパーニャ - イン・パディエッラ
★★

In Paghjella
In Paghjella

MP3バージョン

 前回とりあげたグルジアと、今回あつかうコルシカ島にはいくつかの類似点がある。前者が陸の要所であるとすれば、後者は海の要所であり、歴史上幾たびもの戦乱が繰り返されてきた。コルシカ島の支配者も何度か交代している(現在はフランス領)。政治の分野では、周知の通り、グルジアはスターリンの、コルシカ島はナポレオンの生誕地である。彼らが、世界史に残る英雄、あるいは独裁者として賞賛、批判されてきたこともよく知られている。言語の面でも注目すべきだろう。グルジア人はグルジア語、コルシカ人はコルシカ語という独自の言語を持っている。

 音楽の面で重要なのは、男声合唱によるポリフォニーが栄えたという共通点を持っていることである。そして、両者の音楽は長年にわたって伝承され、実にユニークなものだとみなされるようになった。

 グルジアとコルシカの相違点を挙げよう。一つは、キリスト教の受容である。グルジアにおいては、早くから受け入れられた。現在のグルジア東部を支配したイベリア王国がキリスト教を国教化したのは337年。ローマ帝国が認めるようになったのが392年であるから、それに比べるとかなり早い。讃美歌が作られたのも古くにさかのぼる。

 一方のコルシカでは、キリスト教の中心地であるローマに近いにも関わらず、なかなか浸透しなかった。ローマ帝国の東西分裂による国力の衰退、また、島へのゲルマン人やイスラム勢力の襲来により、「布教したいんだけれどもねえ……」みたいな状態が数百年ものにわたって継続した。島国共通の閉鎖性ということもあるだろう。コルシカ島では独自の国が発達することはなく、したがって彼らは自分たちを守るための武力に乏しかった。そんな状況で外からの攻撃に絶えず晒されていたわけだから、彼らは逃げる他ない。島を脱出するか、島の内部(山間部)にこもるか。彼らは後者を選んだ。そうすると、ますます外界との交流は少なくなってしまう。

 こうして、コルシカ島の治安が良くなった後も、伝道師にとっては仕事がやりにくい地域となってしまった。彼の地道な努力によってキリスト教は徐々に島民に受け入れられはするのだが、その障壁となった強い閉鎖性が島の文化を独特なものにしていった。

 グルジアとのもう一つの違いは、伝統音楽を危機に追い込んだ原因であろう。先にも書いたが、グルジアでは歴史上、さまざまな文化圏の国によって攻撃され支配された。音楽への弾圧も二度や三度ではなかった。そんな中で伝統が長年にわたって維持されている理由として、民族意識の高まりにあるものと推測した。

 コルシカ島もいく度かの戦乱は経てきたが、イスラム圏の影響から脱出した11世紀以降は基本的にキリスト教国どうしの激突であった。音楽が弾圧される危険性はグルジアほどにはなかったということになる。コルシカの音楽にとっての危機は、戦争や政治というよりも、むしろ第二次世界大戦後の急速な経済発展、あるいは都市化であった。若者の間に、仕事や教育、ライフスタイルなどさまざまな理由から、フランス本土、特にパリへ行きたいという憧れが強くなっていき、結果、島を離れる者が増えていく。島民の日常会話もコルシカ語からフランス語へと変わっていった。それにともない、コルシカ語で歌われる伝統音楽は消滅の危機に陥った。

 日本でもそうであったように、中央への集中が地方の衰退を招く。それを堰き止める力となったのは、「地方を見直そうじゃないか」とか、「地元のことは地元でやろう」といった動きである。コルシカの場合、1970年代の後半から80年代にかけて激烈な政治闘争にまで至った。その中で伝統音楽の再評価が行われるようになり、コルシカ語を歌うグループや歌手が多数現れるようになった。かつて、コルシカ島の地域主義と対立したフランス政府も、現在は島の文化を保護するようになっているという。

   *  *  *

 コルシカ島の歌にはさまざまなジャンルがあるが、その1つであるパディエッラは、2009年になってユネスコの無形文化遺産に登録された。パディエッラは、一言でいえば即興詩吟ということになる。ただ、そこから生まれ、長年伝承されてきた歌に対してもこの呼び名が与えられるようだ。とはいっても、やはり音楽を作りあげるにあたっては、即興で行わないといけないところが大きいようで、習得は簡単ではないらしい。基本は3声で、真ん中の声が詩を歌い上げ、それに低音と高音が次々に加わるといったぐあいである。

 コルシカの男声グループはいくつかあるが、今回は、1978年に結成された「ア・クンパーニャ」のCDを選ぶことにした。MP3アルバム版で試聴が可能である。ぜひ5曲目(So' centu voce di l'esse)を聴いてほしい。超低音が頭からしばらく離れなくなる。この、ロシアを思わせるような音は、コルシカの歌の主流にはないかもしれないが、これを聴くだけでも価値があるCDだ。
03 20
2014

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド7 グルジアの男声合唱

トリオ・カフカシア 朝の微風――伝統的なグルジアの歌
★★
O Morning Breeze
O Morning Breeze

 ロシア、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャンという4つの国家、および黒海に囲まれたグルジアにおいては、古くから合唱が盛んだったようだ。11世紀から12世紀にかけて活躍したグルジアの哲学者イオアネ・ペトリツィは、3声のハーモニーについての記録を残している。この頃の西欧の合唱が斉唱もしくは二部合唱が大勢だったことを思えば驚異的である。そして、グルジア人は三部合唱という形態を今でも守り続けている。西ヨーロッパで主流となっている4声の合唱は、彼らの音楽においてはそれほど多くない。

 四部合唱という形態に慣れた方からは、どうして彼らは3声で歌っているのかという疑問を持たれるかもしれない。彼らに言わせれば、4パートにする必要がなかったということであろう。なぜなら、男女で一緒に歌う習慣があまりないからだ。グルジア人は男だけ、女だけで歌うことを好む。混声合唱では、男女ともに声の高い者、声の低い者がいるため、男女をそれぞれ2つに分けるのは自然な要求であろうが、男声合唱や女声合唱では必ずしも4つに分ける必要はない。ドミソは3パートだけで鳴らせる(1)。もし、彼らが3つで物足りないと感じればソロを入れればよいと考えた。こうすることで、単純に4声合唱にするよりも音色の対比が大きくなる。合唱では困難な技巧を1人の優れた歌い手にまかせることもできる。

(1)多少専門的な注。ドミソのうち、一番高い音をドにしたい場合、3声だと下の音から「ミ、ソ、ド」とするのが一般的であろう。「ド、ミ、ソ」を和音の基本形というのに対して、「ミ、ソ、ド」は第1転回形と呼ばれ、後者は前者よりも不安定な響きとなる。下のドを加えて「ド、ミ、ソ、ド」とすればより安定した和声となる。4声のメリットはこういったところにある。

 それにしても、3声の合唱を少なくとも900年にわたって守り続けるというのは尋常なことではない。日本のような島国とはまったく違う環境だ。歴史上、四方のあらゆる国々によって攻撃され、支配された。ローマ帝国から、トルコやロシア、ペルシアから、そしてモンゴル帝国からも。もちろん、すべての支配者がグルジアの音楽を保護したわけではない。宗教音楽の中心となった教会は幾度となく破壊されてきた。

 グルジアの合唱音楽を変化させようという圧力は戦争や政治だけではなく、おそらく外の合唱界にもあっただろう。「4声にしようじゃないか」という“外圧”にも長らく晒されてきたに違いない。しかしながら、グルジア人はある程度は4声を受容しつつも、それを中心にすることを望まなかった。なぜだろうか。

 グルジアの合唱を現地で聴いた大橋力によると、グルジア人の中には「ポリフォニーは自分たちがヨーロッパに教えてやったと考えている人が多」いのだという(2)。彼らが本当に西側に伝えたのかどうかはともかく、このような意識を持っているということが重要だ。彼らの、伝統を守ろうとする態度は、おそらく日本人のそれを相当上回っている。自分たちを守るには戦力を高めるだけではない。民族意識の向上が大事だと考えたのだろう。そして、それを高めるためには、自分たちの生み出したものを磨き上げ、守り抜き、そして後世に伝えるという心構えが重要だと、彼らは古くから気がついていたのだろう。だからこそ、外の「新しいもの」に対しても保守的にならざるを得ない。

 彼らの「戦略」は成功した。グルジアの音楽が世界に広く知られるようになってからは、グルジア人だけでなく、他の人たちも守るべきものだとみなすようになったのだ。その証拠に、ユネスコが2001年に無形文化遺産の登録を始めた時に、グルジアの多声合唱は1回目に選ばれるという偉業を成し遂げている。

(2)CD『サカルトベロ奇蹟のポリフォニー――東西の陸橋カフカズの合唱』(ビクターエンタテインメント)

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 トリオ・カフカシア(Trio Kavkasia)によるアルバムを聴いてみよう。カフカシアとはコーカサスのこと。3人のグルジア人……ではなくアメリカ人によって1994年に結成された三重唱団である。Wikipedia英語版にも彼らの記事があるから、そこそこ有名なのだろう。今までに3枚のCDを発売していて、今回紹介するものは2001年にリリースされた2枚目である。

 本当はもっと大人数の合唱団によるものを挙げるべきだろう。もちろん、そちらの方が迫力たっぷりだ。このCDをあえて紹介するのは、彼らの演奏の良さだけではない。グルジアの音楽の個性である3声を、各パート1人で(つまりソロと合唱の対比を行わずに)演奏するだけでもどれだけ豊かな音楽ができるか――それが伝わるのに実に好箇だと思ったからだ。25曲中6曲は伴奏つき。

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サカルトベロの奇蹟のポリフォニー / 東西の陸橋カフカズの合唱
サカルトベロの奇蹟のポリフォニー / 東西の陸橋カフカズの合唱
 先の録音と対照的なものとして、注でも紹介したCDを挙げる。15曲収録されており、前半の7曲は女声合唱。残りが男声合唱である。「メスティアの男声合唱団」による「ザリ」がとりわけ素晴らしい。「平均年齢75歳」であることを感じさせない。

 今回の文章を書くにあたって、二見淑子「グルジア民謡とグルジア正教会の聖歌――その発展と性格(特に音組織)」という論文を参考にしたが、このCDの12曲目「ハッサンベグラ」の歌詞が日本語訳で掲載されている。
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Author:scaffale
「日本詩人愛唱歌集」「校歌の花束」の管理人

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