HOME   >>  スポンサー広告  >>  スポンサーサイト男声合唱  >>  歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド1 チベット仏教
-- --
--

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
04 13
2013

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド1 チベット仏教

チベット密教 聲明の驚愕
ボンディラ・ギュートゥ・ゴンパ サンワ・デュパの聲明

★★★

チベット密教 聲明の驚愕
チベット密教 聲明の驚愕

 男声合唱と他の合唱の違いは何だろう。混声合唱・女声合唱・児童合唱、これら3つと男声合唱が決定的に違う点は、高音を欠くことである。女性、ないしは変声期前の児童がいない。声変わりを過ぎた男性の声のみで構成される。女声と男声両方が利用できる混声合唱に比べ、音域が制限されているのは言うまでもない。もっとも、男声合唱でもファルセットを利用することで、女声の領域をある程度カバーすることはできる。しかしながら、基本的には低音域のみで行われる。音色についても、男声合唱は混声合唱ほどの豊かさを期待できない。

 音域も音色も、混声合唱に比べ貧しい。かつて、アメリカの合唱指揮者アーチボルド・デヴィソンは、男声合唱について「芸術的だが報われない分野」だと書いた。『合唱作曲の技法』(1)という、作曲の教科書においてである。彼は若き作曲家に対し、この分野に専心することを「おすすめできない」と嘆いた(2)
(1)A.T.デヴィスン(清水脩訳)『合唱作曲の技法』カワイ出版。
(2)彼のこの言葉は女声合唱に対しても向けられている。女声合唱も、混声に比べ音域、音色が制約されているからである。


 彼はこう指摘している。男声合唱団の多くは、「音楽的理由でつくられたのでなく、社会的な理由でつくられている」と。男子校が合唱を行う場合、女性が集められないため、必然的に男声合唱しか選べないということだ。彼は、このような合唱団からの作曲界への需要が大きいことを理解していた。にもかかわらず、若手に対し、男声合唱界への積極的な参加を思いとどまらせようとしていた。なぜなのだろうか。彼は、ハーバード大学にある男声合唱団(ハーバード・グリークラブ)の指揮者を長らくつとめていた。この間にプーランクやミヨー(委嘱当時、2人はまだ20代)に男声合唱の作曲の場を与えている。訳者の清水が書いているように、「一部の社交的な集まり」に過ぎなかった団体を、「アメリカ第一流の男声合唱団」に成長させた。このような実績のある人物が、なぜ、男声合唱曲の作曲を推奨しなかったのだろう。

 彼はこう結論づけた。

   男声合唱と女声合唱に適したものはどのようなものであるかに
  ついて、私は全くといってよいほど説明してこなかった。というの
  は、私が今日までながく親しんできた経験からみて、この2種の
  合唱を有効にするには、この2つをお互いに対照させるのが最も
  よいと知ったからである。


 先の本を執筆したのは、彼がハーバード・グリークラブの指揮者を離れた後である。彼は、男声合唱や女声合唱に限界を感じていたのだ。こんなことも書いている。

  音楽家は誰でもセシリアとアポロの結合がもっと緊密になることを
  心から歓迎しているに違いない。私はそう信じている。


 彼が言いたいのはおそらくこういうことだろう。男声合唱団、女声合唱団は今後も社会的に存続することだろうね。そこに所属する君たちが男声(女声)合唱を歌いたい、曲を作ってほしいという気持ちはわかるよ。でもね、それぞれで離れて活動してばかりいないで、お互いでもっと交流をしようじゃないか! それが君たちにとってもいいことだし、音楽界にとっても嬉しいことなんだよ!

   *  *  *

 これからとりあげる曲の前に、長々と綴ってしまった。男声合唱は、混声合唱に比べて確かに音域や音色が豊かではないが、それは決して欠点ではない。他の分野に目を向けよう。俳句は、詩や短歌に比べて文字数が少なく、季語という縛りのせいで、言葉の組み合わせが短歌よりも限られている。そのことをもって、俳句は短歌よりも劣っているジャンルだ、とみんなが考えていれば、とっくに俳句の伝統は途絶えていたはずだ。詩や短歌に比べて強い制約があることはデメリットではない。むしろ創作上のメリットなのだ。俳人ではない自分が力説するのはちょっと恥ずかしいけれども。

 低い音域しか使えない? 音色が同一だって? だったら、そういうことが利点になるような曲を書けばいいではないか!

 聴き手の皆さんを置いてきぼりにしてしまい、申し訳ありませんでした。さて、今回紹介する曲は、特に「声の低さ」の点において、当ガイドの中でトップクラス、いや躊躇なくベストだと断言できる。これからあと100曲を挙げるところなのに、男声合唱のメリットといえる低音、そのナンバー1をいきなり最初に出してしまった。「このCDを聴いた後では他の男声合唱を聴いても何か物足りない」と感じる人が出てくるのではないか。いやあ困ったねえ。自分で最初に選んでおいて何を言う、という突っ込みが入りそうだけれども。上のような感想が、10人に1人といったレベルではなく、2人に1人ぐらいの割合で出てきてもおかしくない。それぐらいの録音なのだ。「長いまえがき」を読んだ人は、途中でキノコという言葉を目にしたと思う。この音楽は自分のような信仰心の薄い者をも、一瞬にしてトランス状態に連れて行く、とんでもないキノコだ。

 53分16秒。これを、トラックを分けずに収録している。当録音にはいくつかの楽器が入るけれども、使用はかなり控えめだ。全体の大部分は、重低音の連続。ヘ音記号でいえば、常に下線を引かなければならない領域だ。たまに第2間あたり(テノールにとっての最低音である「ド」ぐらい)に来ると「ずいぶん高いところにきたなあ」という印象さえ感じてしまう。「低圧的低衆波」とでもいえようか。とあるマンガに使われたことがある造語がこの演奏を表現するのに適している。

 もっとも、聞こえてくるのは低音だけではない。たとえば0:50あたりからを聴いていただきたい。高い音が鳴っているのに気がついたと思う。複数の声が重なることによって生じる豊かな倍音。ソロになってもはっきりと聞きとれる。女声とはまた違う、ゾクゾクするような高音。この世界に女声を加えることは決してできない。入れるとこの倍音は失われ、あるいは変質してしまうのだ。男だけで行うメリットをこれ以上に教えてくれる録音はそうそうない。

   *  *  *

 先ほども書いたが、この後、多くの男声合唱を紹介していく。この後紹介する曲のすべてを皆さんに聴いてほしいのだが、もちろんそれを強制はできない。でも、今回紹介したチベットの僧侶の演奏だけは、ぜひとも聴いていただきたいのだ。男声合唱の世界を味わうにあたって、このCDに触れないのはもったいない。辟易する方も少なくないだろうが、そうした人には、男声合唱を十二分に聴き込んだ後で、もう1度この録音に戻ってきてほしい。
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






プロフィール

scaffale

Author:scaffale
「日本詩人愛唱歌集」「校歌の花束」の管理人

最新トラックバック
QR

Page Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。