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05 13
2013

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド<番外編> なぜ、男だけで歌うのか

 ここまで4回にわたって、男声合唱による仏教音楽とキリスト教音楽をとりあげた。聲明もグレゴリオ聖歌も、原則的に男のみによって演奏されてきた。彼らはどうして、女と一緒に歌わなかったのだろうか。

 答えは簡単だ。女とともに活動することを彼らが拒んだのだ。なぜ拒むのか? 今回はこのことに少しだけ触れておきたい。

   *  *  *

  教会では、妻たちは黙っていなさい。彼らは語ることを許されて
  いません。律法も言うように、服従しなさい。
                  コリント人への手紙第1 第14章34
                          ※傍線部は引用者。
   (新改訳聖書刊行会訳『新改訳 新訳聖書』日本聖書刊行会)


 教会音楽への女性の参加は、長らくの間認められていなかった。下線部は、左記のことを書く際にしばしば引用されるようである(1)。しかしながら、次のような疑問がわく方もいるだろう。「『妻たちは黙っていなさい』と聖書にあるけど、未婚の女はどうなの? 別に黙っている必要はないんだよね」
(1)皆川達夫『改訂版 合唱音楽の歴史』(全音楽譜出版社)p. 17や、ロバート・ステファン・ハイネス『合唱曲の作曲』(グリーンウッド)p. 140〔Robert Stephan Hines, Choral Composition, Greenwood Press〕。なお、第14章35には「もし何かを学びたければ、家で自分の夫に尋ねなさい」とあるので、「妻たち」を女一般に解釈することはできない。

 確かにそうなのだ。しかし、下線部を支持する者は、教会音楽から女全体を締め出したかったようだ。女であれば自然に出せる高音を、彼らは、声変わり前の少年に行わせた。または裏声を使って。あるいは男を去勢させてまでも。なぜ、そこまでして女を入れたくなかったのだろう。

 ソフィー・ドリンカー『音楽と女性の歴史』(水垣玲子訳、學藝書林)は、そのような疑問を持った者がまず手にすべき好著だ。歴史以前の時代において、あるいは文明の初期において、女は男よりも音楽の環境に恵まれていた。音楽はもっぱら女によって支えられていた。しかしながらやがて、音楽に男が進出し、女が担っていた役割を奪う。そして女を追放してしまうのだ。

 キリスト教が誕生してしばらくの間は、女声合唱が活発に行われていたようだ。女だけではない。男と女による混声合唱も行われていた。しかしながら、ある時期から男が女を追放しはじめた。というよりも、キリスト教が生まれる以前から存在していた、女性蔑視の思想がいつしかキリスト教全体の中で優勢を占めるようになっていったと表した方がよいだろう。教会音楽から女がまったくいなくなることはなかったけれども、彼女らは修道院の中に閉じ込められ、以後、教会音楽の中心は男たちが握ることになる。

 女と歌うなんてとんでもないと彼らは考えた。彼らにとって、女は「寄ってきては困る存在」なのだ。そのように考えた理由を本格的に考証すると、本が1冊できてしまうだろう。なので簡単に。1つだけ書く。性欲だ。ここまでキリスト教について書いてきたけれども、人間の性欲は普遍的に存在するわけで、仏教についても同じことが言えるに違いない。

 仏教と性についての著書は、愛川純子・田中圭一『セクシィ仏教』(メディアファクトリー)が断然面白い。禁欲を善としているはずの僧侶が、あんなことやこんなことをしてまで性欲の処理に頭を抱えている(今「あんなこと」や「こんなこと」を考えた人たち! その中の10人に9人ぐらいは「僧侶の発想にはかなわんわー(;´д`)」と打ちのめされるか、呆れ果てることだろう)。

 性をどのように遠ざけるかについては、僧侶にとっても、牧師や修道士にとっても重要なことだ。酒や肉であれば遠ざけるのは比較的簡単である。それらは動かないからだ。女は動く。ありがたいお言葉を聞きに男に近づいてくるのだ。「ひっ! 近寄るな! 近寄るなと言っておろう!」こんなことを思っていたかどうかはわかりませんが、女を厄介な存在だとして、飲食物以上に蔑視していたとしても不思議ではない。彼らが女を排除する方法は2つだ。自分たちが特定の場所に閉じこもり女の侵入を防ぐ。もう1つは、女を閉じ込める。2つめが行えるのは、禁欲を重視する者が、社会の中で大きな力を発揮できるようになった時である。

  女に対して男自身の衝動を抑圧しなければならないために、女は
  抑圧されるべき存在となったのである。
                 ソフィー・ドリンカー『音楽と女性の歴史』


   *  *  *
 
 引用でバシッと(?)終わらせようと思ったけれども、一言補足しておく。今回のテーマを、男声合唱団一般に当てはめないでいただきたい。現代の男声合唱団員は、別の理由で女と分かれて歌っているのだから。
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