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04 13
2014

男声合唱

歌う人のためではなく、聴く人のための男声合唱ガイド番外編 合唱指揮者の発言

 第1回「チベット仏教」で、アーチボルド・デヴィソンという合唱指揮者の発言を紹介した。男声合唱に長年たずさわり、ハーバード大学の男声合唱団をアメリカのトップレベルにまで引き上げた人物である。その彼から述べられたのは、男声合唱への絶望であった。

 今度は日本の合唱指揮者であり音楽評論家としても活動した、福永陽一郎の発言を引用する。彼もまた、大学の男声合唱団を日本有数の団体に育て上げた人である。合唱雑誌の座談会においての言葉から。

  合唱では男声や女声だけでは片手落なんです。音楽としては混声になりますよ(1)

 なぜ「片手落」なのか。その理由は直接には語られていない。しかし、彼はこのように続けている。

  昔は大学は男ばかりだったから、まず男声ができてそのうち女声がしっかりしてきて、
  ほんとの男女共学というのは確立されてないんですね。ですから混声がむずかしかった
  んですが、このところ各県に国立大学の教育学部があって音楽科がありますね。その
  へんを中心にして混声合唱を作りますから、強いわけです(1)


(1)『ハーモニー』41号「大学合唱団と合唱連盟――音楽とクラブ活動のはざまで」(全日本合唱連盟)p.8

 デヴィソンは男声合唱団や女声合唱団について、「音楽的理由でつくられたのでなく、社会的な理由でつくられている」とみなしていた。福永も同じことを指摘しているのは興味深い。男子校、あるいは、男の比率が高い大学では合唱をやろうにも女が集められない。それで男声合唱団ができる。逆に女子校では男を集められないから、女声合唱団ができる。

 彼らに共通する考えは、混声合唱が音楽的に理想の形態であって、男声/女声合唱は妥協の産物だということだろう。共学化が進めば、あるいは男女の比率が同一に近づくほど混声合唱が活発になるのは当然のことだ。しかしながら、そのことと、音楽芸術の良し悪しは関係があるのだろうか。

 デヴィソンは男声/女声合唱について、「混声合唱のもつ制限された音域や色彩を文字通り半分に切る」(2)と指摘している。混声合唱でさえ音楽的な制約がいろいろあるのに、男声/女声合唱はそこからさらに音域や色彩が制限されてしまうのだと。混声合唱の音楽的優位の主張はここから出発しているのだろう。

 なるほど、音域や音色が混声に比べて豊かでないことは確かだ(半分という表現が妥当かはともかく)。だからといって、そのことをもって音楽の優劣に結びつけるのはいかがなものか。彼の考えを他に当てはめると、独唱は二重唱に比べて、無伴奏合唱曲は伴奏つきの合唱曲に比べて音楽的に劣るということになってしまう。デヴィソンは、「君ら、男声合唱や女声合唱ばっかりやってないで混声合唱をやりなよ」という趣旨のことを書いたけれども、彼は歌手に対しても、独唱の劣位と、重唱への積極的な参加を主張するだろうか。

 彼は、そして福永もそのようなことは決して言わないだろう。混声合唱が男声/女声合唱よりもよいと彼らが判断する理由は、たぶん別のところにある。すなわち、前者に「名曲」が数多く存在しているという事実である。バッハの受難曲、三大レクイエム、《カルミナ・ブラーナ》――クラシック音楽のガイドブックにおける声楽・合唱部門で頻繁にとりあげられる作品はみな混声合唱だ(女声合唱をともなうホルストの《惑星》やドビュッシーの《夜想曲》は先の部門ではなく、管弦楽曲部門でとりあげられている)。そういえば、福永は1967年にこのようなことを書いていた。芸術歌曲を合唱曲に編曲する際の注意点について述べた文章である。

  ……オリジナルな作品の多い混声合唱の場合は、レパートリーの選択に困ることがない
  と言い得たとしても、1つのしっかりした形態に構成された作品の少ない男声合唱や女声
  合唱において、芸術的体験を豊富にするために、本来独唱用芸術歌曲を、まとまった形の
  合唱曲集にすることは、必要に迫られていると言っても、過言ではない(3)


 福永陽一郎は、国内外の男声合唱曲を集めた楽譜を数冊編纂したこともあるし、合唱の専門誌で海外の作品を紹介する役割もしていた(4)。本ガイドではかなり後の紹介になるけれども、19世紀に西ヨーロッパで起こった男声合唱運動についても十分に知っていたはずだ。すなわち、男声合唱の作品はたくさんあっても「1つのしっかりした形態に構成された作品」=「良い曲」が少ないのだと彼はみなしていた。当時の日本で彼以上に男声合唱に知悉していた者はほとんどいなかったはずだから、なおさらこの分野に悲観的になっていたに違いない。

(3)『合唱事典』(音楽之友社)p.101
(4)『合唱サークル』(音楽之友社)1966年11月号「男声合唱曲アルバム――主な曲と楽譜の手の入れ方」

   *  *  *

 「名曲」が混声合唱に比べて少ないのはなぜだろうか。先に挙げた曲目がことごとく管弦楽を伴うことがヒントになる。そして、「長いまえがき」で指摘したことをもう1回書いてみよう。「合唱に関わる人たちは皆、聴き手を増やそうということに関心がなかった」「クラシックの他のジャンルがみんな聴き手を増やそうと熱心に頑張っている中、合唱はひたすら怠けていたのだ」。最後に、混声合唱は管弦楽との共演の機会が多いという事実を挙げよう。以上から、次の結論を導きだすことができる。男声/女声合唱は、管弦楽界からの「手助け」を混声合唱ほど借りられなかったのだ。ある作品を社会へ周知するための力。それが管弦楽界にはありふれていて、混声合唱はそれを分け与えてもらうことができたが、男声/女声合唱はそれをほとんどもらえなかったということだ。

 オーケストラの分野には良い曲をみんなに紹介したいという思いがある人がたくさんいて、彼らは熱心に「これこれという作品はとてもいい曲ですよー、みなさん、ぜひ聴いてくださーい」と訴え続けた。もちろん、個々人によって「いい曲」は違っていたであろうが、そのうちに、「大勢の人(社会)がいいと言っている曲」が何かがわかってくる。当時、まとめサイトというものはなかったけれども、こんなのを作りたい人はページを編集するかわりに、著書や雑誌で「名曲まとめ」を発表したのだ。初心者も、これを頼りに良いレコードやCDを探すことができる。

 「ぜひ聴いてくださーい」と活発に声があがる社会では、作曲家は「良い曲を書かなければならない」と意識するに違いない。いい仕事をすれば大勢の人に評価される。自分の名声も上がる。当然のことだ。演奏会のプログラムに「名曲」と一緒に自分の新作が並ぶこともあるだろうから、「偉大な作品」に負けないようにしなければ、と考えても不思議ではない。「モーツァルトの交響曲はやっぱり傑作だねえ、それに比べて何とかっつう作曲家の作品はつまらん」とか言われることだってあるわけだから。良い曲を知らせようとする動きは、「大勢の人が認めた良い曲」=「名曲」を生み出すだけではなく、良い作品を育むパワーともなるのだ(5)

(5)クラシック音楽においてこのような運動が広がりを見せるようになったのは、19世紀になってからのようである。岡田暁生『西洋音楽史』(中公文庫)に、19世紀の音楽批評について書かれた箇所がある。彼は、当時の批評の使命を「『末永く聴かれるに値する記念碑的作品』を選定すること」だったと考えている(p.135)。

 管弦楽団ではオーケストラつきの合唱曲も演奏しているし、やるからにはお客が来てくれないと困る。やったことがある人なら分かると思うのだけれども(私はやったことがありませんが)、オーケストラが合唱を集めるのって、けっこうな負担である。そりゃそうだ、自分たちだけでやれることじゃないんだから。苦労をするなら、それに見合った成功をしなければ損だと思う。「ぜひ聴いてくださーい」という声をもっと大きく挙げないといけないのではないか。いやいや「ぜひぜひぜひ聴いてくださ―――い!!」とでも叫ぶか……。ともあれ、オケつきの合唱の分野においては、管弦楽界の「良い曲紹介運動」に支えられて、「名曲」がいくつも生まれることができた。先にも書いたとおり、混声合唱は管弦楽と協力することが多かったので、その影響を強く受けることができた。

 一方、合唱界には良い作品をみんなに広めたいと思う人がいない。管弦楽の分野からやってくれている宣伝に乗っかかるか、古楽のジャンルを開拓しようとする人たちのおこぼれに預かるだけで、自分たちだけではほとんど何もやっていない。混声合唱に「名曲」が多い理由が、管弦楽界からのパワーだとすれば、男声/女声合唱はその外部の力に恵まれなかったため「名曲」が少ないという見解はそんなに的外れではないだろう。なぜならば、混声合唱でもピアノ伴奏や無伴奏となると、一般のクラシック音楽ガイドで見かけることが俄然少なくなるからである(中世やルネサンス音楽も扱う本では無伴奏の合唱曲にも光が当たるようになるけれども、これは、古楽を広めようとした先人たちの影響が大きいだろう)。

 実際には合唱界にも「これこれという作品はとてもいい曲ですよー」と云う人たちはいる。しかしながら、彼らはたいてい合唱の指導者である。それは同じ指導者や、歌い手(特に選曲委員!)に向けられている。だから、次の言葉は「みなさん、ぜひ歌ってくださーい」「とりあげてくださーい」となるのだ。PRは内部だけで完結し、外へ向かうことがない。「良い曲紹介運動」というのはあっても管弦楽に比べてこじんまりとしているわけだ。こんな社会では、作曲家は「良い曲」を書かねばならないという義務感は薄い。オーケストラのための作品を書いた方が社会に認められ、名声が上がるのであれば、自分の音楽の才能をそちらに向けた方がよいと考えるのは道理にかなっている。デヴィソンは、合唱曲を作る現代の作曲家について「過去の例からほとんど何も学ぼうとしていない。なぜなら、かれらの多くは合唱を売文の糧以上のものと見ていないからだ(6)と怒っている。でも、見方を変えれば、合唱社会は作曲家に対しそのような学習を求めていなかったということになる(彼に「○○という『不朽の名作』に負けないような作品を作ってください」と要求できる男声合唱団はいったいどこにあるのだろうか?)。

(6)A.T.デヴィスン『合唱音楽の技法』(カワイ楽譜)、p.16

 これでは「名曲」が生まれようもない。合唱の魅力が知られるはずもない。グレゴリオ聖歌が有名になったのだって、自分たちが積極的に外へ広めたというよりもむしろ、古楽に詳しい人がこの分野に脚光を浴びせてくれたり、CDがたまたま大ヒットに恵まれたということの方が大きいだろう。

 このような内向きかつ怠惰な合唱界において、「外へもっと知られてほしい」という嘆きが起こることが不思議である。いや、不思議ではないか。合唱の聴き手向けの著書が皆無という現実から考えると、「俺はやらないけど、誰かがやってくれればいいなあ」という風にみんなが考えているとみなした方がよいだろう。

   *  *  *

  合唱人の一部の心ある人は、一般音楽社会が、合唱界を見おろしているようだ、と怒るが、
  私は、もっとおそろしい、他への無関心を、いわゆる合唱人の中に見る(7)


 福永は40年以上前に、合唱界の外部への無関心を痛烈に批判した。外部どころではない、たいていの合唱人は、他の合唱団にさえも興味がない。自分たちのことにしか関心を示さないのだと。いや、それどころか……。「私は大学合唱に関係して20年を超すが、卒業後、自分の出身合唱団に興味を持ちつづけている人は、全体の5パーセントに満たないと断言できる。残りの95パーセントは、おそらく自分が愛したことも忘れているのではないか(7)とも書いている。何という強烈な無関心! これでは外へ広めようとか言えるレベルではない。福永の批判は、現在にも通じることだろうか。

  優秀な合唱団の演奏会では、しばしば、一流のレベルに達した音楽が感動を生んでいる。
  しかし、だれもそれを知らない。だれもそれを知らせよう、知ってもらおうともしない。それで
  よいのだろうか……(8)


 かくのごとく憂慮した福永も、音楽評論家として、合唱を外へ広めようとする著書を残さなかった。みんなが怠け、「一部の心ある人」が嘆くということを長年合唱界で繰り返している間に、吹奏楽や現代音楽には聴き手を増やそうとする熱心な人物が登場していたのだ。

(7)『合唱新聞』1967年2月10日号。
(8)『合唱新聞』1966年12月20日号。(4)(7)(8)は鎌田雅子編『CONDUCTOR 福永陽一郎』(《CONDUCTOR》編集部、2010年)に再録されている。
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